英米留学物語

海外で経験するカルチャーギャップとアジア人を見る目、悔しさ、そして学び。

私が通ったイギリスのサマースクールには、多くの国々から生徒が来ていました。アメリカやカナダ、ブラジルなど、北アメリカ、南アメリカからの生徒、フィンランドやノルウェー、ドイツやオランダ、フランスやスペインなどのヨーロッパ諸国からの生徒、イスラエルやアラブ首長国連邦 or サウジアラビア(記憶が曖昧です・・)、エジプトやザンビアなどの中東やアフリカからの生徒。まさに世界各国のカルチャーが入り乱れる環境です。

ここで様々な「学び」を経験することになります。

今日お話しするのは、ダンスパーティーでの一幕。

ここイギリスの学校で開催されたダンスパーティーがありました。当然の事ながら世界各国から集まってきた学生が参加します。

わずか15歳で190センチ近くはあるモデルのようなフィンランド人の双子、ノリノリのダンスミュージックにキレッキレの踊りで注目を集めるスペイン人、男女がダンスパートナーを見つけ、手を取り合いながら楽しむダンスパーティーです。

まさに映画のワンシーンにあるような光景です。この年でここまで男女が手を取り合い踊るのか・・。もちろん私自身、日本でこんなパーティーを経験したこともなく、女性と手を取り合ってダンスを踊る経験などもないわけです。

イギリスに留学して、早々にカルチャーギャップというものを感じたのがこの時でした。

先生や友人みんなノリノリなのに、そこに入って行こうとはしない自分がいるのです。
周りを見渡すと、似たようなアジア人が数名点在していました。。

私は日本の学校では、いつも前から2番目に並んでいた身長の低い、おとなしいアジア人…。回りからみると、小さいアジア人が何をしているのだろう…。同じ歳の190センチの双子のモデルを始め、多くのヨーロッパ人学生とは、そもそもノリが違いすぎます。

みんなアクティブに前へ前へ。といった感じです。こういう状況下で、私は周りからどう思われてるのだろうか…。

実は実際にこのパーティーの数日後、めったに身体を壊さないのですが、体調悪く体育の授業を休ませて欲しいと先生に話に行きました。すると、体育の先生から、そんなに閉じこもってはダメだ。パーティーの時もそうだった。もっとアクティブに、授業に出て身体を動かしなさい、と外に連れて行かれそうになったことがありました。

私はその時物凄くがっかりしたのを覚えています。人を見かけで判断するのか。イギリスにきて、これか…と…。

留学してこれに似た経験をする人は少なくないと思います…。議論を行う授業でも、積極的に乏しい、おとなしいなどなど…。

私はアメリカとイギリスで学生生活を行なっており、また社会人になっても外資系企業で、数え切れないほどの外国人と仕事をしています。そんな経験から感じるのは、この手のアグレッシブさを求める言葉を発する外国人は本当に多く、ほんとに聞き飽きたくらいです。

私自身の中では、世界には何十億という人がいる中で、こうでなければならない、というものはないと思っています。逆にそれを押しつけるのはやるべきではなく、良いところを引き出して伸ばせば良いだけだと思っているからです。

話はそれましたが、非常にガッカリした気持ちで、渋々体育の授業に向かおうとした時に、私のイギリス生活を変える出来事が起こったのです。

これだから人生はおもしろい…。

実は私はイギリスに渡ってすぐに、サッカーのクラブチームに所属し、早々にスタメン出場し、結果を残していました。なんとそこのサッカークラブの監督が、たまたま私の学校を訪れていたのでした。

この監督は、このエリアでは影響力のある方らしく、体育の先生に詰め寄り、私がクラブチームで貴重な選手であること、無理をさせず休ませるように話をしてくれたのです。

私は、私自身の素の姿をそのまま見てくれ、信じてくれた監督のことを忘れもしません。

本当に嬉しかったのです。

私を見かけだけで判断して接してくる人がいれば、中身をしっかり見てくれて接してくれる人もいる、こんな貴重な学びをイギリスで経験していたのでした。

ちなみに数週間後に、全校生徒が応援に出向くサッカーの学校対抗試合がありました。私はその試合に10番を背負い、キャプテンとしてプレーしたのです。そしてその試合で得点を決め、勝利を勝ち取りヒーロー扱いです。

ダンスパーティーの時は、影にいた私ですが、この試合をきっかけに大人気の存在になったのです。

ダンスパーティーの時の私も、サッカーの試合の時の私も、どちらも同じ私なのです。

過去、授業の中で、あなたはおとなしすぎる、シャイ(shy)だ、もっと積極的にならないといけない、と何度アメリカ人に言われたかわかりません…。

でも、こんな私でも、数十億・数百億と売上をあげる企業の役員や代表を務めることができたのです。何百もの従業員を支えないといけないトップにいたのです。

私が経験した学びというものは、単なる机上の学びだけではありません。見かけで判断され、数えきれないほど悔しい思いもしました。でもこれらの経験は私を大きく成長させてくれた、ありがたい経験だったのです。

そしてこのような経験を持つからこそ、士心塾の生徒たち一人一人の個性をしっかりと把握し、何かを強制するのではなく、その子の「才」を引き出し、伸ばすことにフォーカスして、子供たちを成長に導いているのです。

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