多くの保護者の方々と話をして気づくことがあります。
それは、お子さまの育て方、特に教育に対する考え方が、自らの人生経験を基準に考えられている方と、自らが経験できなかった、理想の人の人生経験を基準に考えられている方の2パターン存在するということです。
どちらが良い悪いという話ではありません。
親というものは、子供に自分自身よりさらに良い人生を歩んでもらいたいと願うものです。
ここで私の例をお話ししますと、私は幼少の頃から父親にいつも言われていたことがあります。父親の小さい頃からの夢は、アメリカの大学へ進学し、研究をしたいと、ずっと思っていたそうです。しかし、いざ大学進学の時期になると、家庭が裕福ではなかったのと、年の離れた妹弟たちの生活のこともあり、アメリカへの進学は諦めたそうです。
こういった過去があったため、私には小さい頃から、父が海外に行けなくて悔しかった想いは、息子の私には絶対にさせない、海外進学を望むなら絶対に行かせてやる、と良く聞いたものです。ですので、この父親の親としての子に対する気持ちは、私自身の心にしっかりと残っているのです。
自分ができなかった事を、子どもにはできる環境を提供してあげたい。これは私の親と同様に、現在私自身も子を持つ親として思っている事です。
一方で、こんな方と先日お会いしました。
私は英語なんか正直できなくても、良いと思ってます。ちゃんと社会人としてやれてますから・・。まあ英語嫌いにならなければ良いかなと思ってます。
その時は、考え方は人それぞれだなと感じました。
英語を話せない人は、英語を話せるとどんな人生が開けてくるか、経験しようがないと思います。例えばカスタマーサービスの仕事をしたことがない人は、カスタマーサービスの現場の大変さを身をもって経験していないので、どのようなものかわかりません。営業職も、物を一つ売ることがどれだけ大変か、営業職だからわかっています。人の上に立つポジションの方も、人の上に立ってみて初めて、新たに気づくことがでてきます。
人というものは、新しいことに巡り合う度に学び成長します。そして次のステップに移り、また成長する。このループを人生で繰り返すのです。これを親が子供に提供する教育に当てはめた時、もし親が子どもの次の学びの環境を、親自身が経験していないからと言って、蓋をしてしまうと、子供はそこで成長できるはずなのに、成長が止まってしまいます。
この子があの講習を受ければ、ものすごく英語は伸びるだろうな〜、英検もどんどん合格していくだろうな〜、なんてことはよくある事です。でもこれもまた保護者の考え方次第ですべて決まる事です。
私自身も、まったくの未経験分野で、そんなの別にする必要ないんじゃない?と軽々しく口を挟んでしまい、結局娘の成長のチャンスを奪ってしまったと反省することは実際にあります。私自身もまだまだ未熟だなと考えさせられる日々ですが、この話が、私自身のみならず、子どもを持つ他の保護者の方たちが、子供の成長を考える上で、何かしらの考えるきっかけになればと思いつつ、書かせていただきました。